共感

 自己了解(自らの感情の把握)は親が子供の感情を読み取り、言語化する事で養われる。

 

私は自己了解が出来ないまま大人になっているのだろう。自分の感情が分からない。

他者と自己の区別がつかず、情動伝染が生じ、他者の感情が自分に入り込んでくるような感覚に陥る。それは自分が自分でなくなる感覚だ。

 

喜怒哀楽などの分かりやすく感情が高ぶっている相手に限らず、他者のちょっとした感情の変化ですら私の中に入り込む。

それは、ラジオから聞こえるDJのトークやニュース番組での出演者の意見や会話からもその感情が私の中に入り込む。

それは不快極まりない。不安を煽り、情緒を乱す。

 

そして自他未分の状態が故に、自分というアイデンティティを保つのが困難になる。

 

人との心の繋がりは、私に混乱を招くのだ。

 

 

なぜ、今の世の中

SNSで他人の言動を逐一チェックし、他人に共感を過剰に求めるのだろう。。。

他人との希薄な繋がりがそんなに大事なのだろうか。そして、そのつながりの中で何をそんなに自分を誇示する必要があるのだろうか。

 

私には理解出来ない。

 

 

 

ただ、子供には他人との繋がりに喜びを感じる事ができる人間になって欲しいと切望する。

 

いつの世も、私のように人間嫌いは少数派であり、生きにくいだろう。

 

どうか私のようにならないで。。